完全無穴になった。直腸ガンによるストーマ手術(人工肛門)は想定外。人生初の入院生活と人工肛門(ストーマ)となって退院するまでのてんまつ記。

直腸ガン


2012年正月早々、直腸ガンと診断され
入院して手術、人工肛門までの3週間。



2012年1月11日【初診】

正月休みが終わって最初の水曜日。
水曜日は湘南鎌倉総合病院「日帰り痔の手術」で有名な渡辺先生の診察日なので
さっそく先生の診察を受けに出かけました。

思えば・・・、1997年のこと。
当時、痔の日帰り手術は
新しくて簡単な手術方法として注目されていました。
湘南鎌倉総合病院・渡辺先生の講演を聴くため
鎌倉市の行政センターへ行ったのは、
いまから15年前・・・そんな時代でした。

講演を聴いて、痔の手術ならこの先生にお願いしようと決めていました。
1997年になぜか突然痔を患い、
声を出すだけでも激痛が走り、1週間ほど、全く動けなかった過去があります。
1週間目にドドッと出血し、嘘のように痛みもなくなったため、治ったと思ってました。
講演を聴いたのはちょうど、痛みが治まっていた頃でした。

先生の話を聞いて自分のは痔瘻だと素人判断し、
その後15年間は大した痛みもないため、そのままにしておきました。
完治してるとは思っていなかったのですが・・・・
我慢すると言うほどでもなかったからです。

あの時、手術を受けておけば、今回のガンは未然に防げたようです。
まさかストーマ(人工肛門)になるなんて思ってもいなかったし
そのころはストーマ(人工肛門)なんて言葉も知りませんでした。

15年経った2011年の暮れ頃から、トイレの回数がふえ、違和感もあり
長時間、椅子に座るのがつらくなってきました。
痔の悪化に間違いない、日帰り手術ならたいしたことは無い。
あれから随分時間も経ってるので手術も進化しているだろうし、と
ようやく、気軽な気持ちで病院を訪れました。

直腸ガンだね〜大きくて、肛門に近い」
ストーマ(人工肛門)にするしかないだろうね」
2012年1月11日、湘南鎌倉総合病院・渡辺先生は触診するなり、
こうおっしゃいました。

ガ〜ン!・・・・・・

「すぐに検査をし、詳しく調べよう」と言われ、その日のうちに即、
レントゲン・CT・超音波検査・採血・肺活量やらあらゆる検査が一日がかりで行われ
次回は一週間後に内視鏡やりますから来るように、と告げられてやっと釈放されましたが・・・

「直腸がん!」
「人工肛門!」
!ショックでした!
!まさか、人工肛門!?だなんて・・・

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2012年1月18日【内視鏡】

内視鏡検査の朝。下剤を2リットル飲んでトイレに通いながら順番を待ちます。
当日、内視鏡検査を受ける方たちも多く20人ちかくの人がトイレと待合室を往復しています。
やっぱりここ湘南鎌倉総合病院でも、ほとんどの人が高齢者。

いよいよ順番が来て検査室へ。
内視鏡の技師の先生と看護師の方たち4〜5人が手際よく調べていきます。
所要時間は20分位だったでしょうか。
モニターで自分の腸内を見せられて、何だか妙な気分でした。
検査の先生も、この場合ストーマ(人工肛門)だろうね、とおっしゃってました。
そして、だいぶ進行してる腫瘍の画像を見せられました。

検査後、渡辺先生の所へ行き、先ほどの画像(映像)をみながら説明を受け
やはり、肛門に近いため、ガンを完全に切除した場合、
肛門を残す余地がないから、お腹にストーマをつけるしかない、との診断。

直腸ガン

※直腸の径の半分以上まで
大きく成長した線ガンです

大きな腫瘍(ガン)はあるが一カ所だけで、他にはポリープもない、との診断、次回の予定としては
◎2月1日に各種検査結果と入院の説明。
◎2月8日に入院してください。
◎2月10日に手術をし、腫瘍を全部取り除き、ストーマ(人工肛門)をつけます。
◎入院は3週間ぐらいになります、と・・・・。

内視鏡カメラの先端から空気を送り、腸を膨らませながらカメラでくまなく見ていくため
終わったあとは、お腹が張って、2時間くらいは気持ちが悪くとても痛かったが
ガスが抜けると何事もなかったように痛みも消えました。



2012年2月1日【セカンドオピニオン検討】

前回から1週間たち、内視鏡カメラで採取した腫瘍や血液検査などの結果の報告を受けました。
検査の結果、渡辺先生が当初から言われていた通り、腫瘍が肛門に近すぎるため
腫瘍を完全に取り除く関係から、肛門を残すことは無理である。
さらにこの状態では、ストーマ(人工肛門)だが永久ストーマ手術となる。
再手術で人工肛門から従来の肛門への再構築は無理。
予定通り、2月10日に手術しましょう。
先生の最終宣告を受け、人工肛門もやむを得ないかとは思いながら、
再構築(一定の期間を経過後再び肛門に戻す)も不可能と言われ
他に方法は無いものか、別の病院や医師も同じ結論を出すのだろうか?

そこで、思い切って先生にお尋ねしたのです。
実は私の従兄弟に外科医がおり、北里大学の内視鏡手術で有名な
先生と同じお名前の渡辺教授を紹介するから一度診ていただいたらと
言われているのですが、セカンドオピニオン試していいですか?

「ああ、いいですよ、北里の渡辺教授なら信頼もおけるし、
生涯のことなので納得した上での手術が大事です」と、
すぐに紹介状を書く約束をしてくださいました。

即、従兄弟に電話し、北里の渡辺教授への診察予約を入れていただいたのですが
有名先生のため予約がいっぱいで最短でも1ヶ月先の3月でないと診てもらえない。
尚、手術となれば、さらに1ヶ月先の4月になりそう。とのこと。

湘南鎌倉総合病院の渡辺先生からは、緊急性はないが2月10日の手術予定日は
キャンセルしないで空けておくからと言われていました。

どうしようか、ひと晩悩んだのですが、今まで受けた検査や写真を確認した結果、
恐らくどの病院で検査しても同じ結論を出すのではないだろうか?
やはりセカンドオピニオンは止めようと決心。

翌日、湘南鎌倉総合病院へ電話し、セカンドオピニオンは止めます。
予定通りそちらでの手術を受けたいので宜しくお願いします、と電話を入れました。
従兄弟にも事情を話すと自分で出す結論が一番だから、それがいいと了解してくれました。

こうして、2月8日に入院することが決定しました。
湘南鎌倉総合病院ロビー

ホテルのような広々とした湘南鎌倉総合病院1階ロビー


2012年2月8日【入院】

午後2時、湘南鎌倉総合病院へ入院。
家族全員で、と言っても妻と娘の三人で麻酔の先生の説明を受ける。
麻酔方法は脊髄へ管を通して手術する部分に麻酔をかけると言うお話し。
この方法は細心の注意が必要で、微妙な感覚らしい。
万一位置を間違えたり麻酔の量によっては下半身不随とかが起こりえる、
しかしベテランの担当医が行うので心配無用である、と。

脊髄麻酔をすると同時に、全身麻酔。
全身麻酔はマスクにより薬を吸入すれば3秒ほどで利くとのこと。
手術は約3時間を予定してるという説明。
いろいろなデータ等をもとに麻酔について約1時間ほど丁寧な説明が行われました。

そのあと、ナースセンターでK看護師さんからいろいろと説明を受けあっという間に夕方の4時半。
そして、きょうからは食事を摂る事は出来ません、水だけです。と言われました。
初入院、ガンの初手術でもあり、まだ実感がわきません。
湘南鎌倉総合病院は新築一年ぐらいで設備も最新のようです。
入院したのは8階の4人部屋、思い出の822号室でした。
広々としており、プライバシーにも配慮したレイアウトになっており、とても快適です。

夕方6時半頃に担当の医師三宅チーム三名が病室を訪れ、手術チームとの初面談。
さらに、7時半頃チームの友部先生が訪れ、色々お話しをしてくださる。
2回ものお医者さん達の訪問は患者への慰め・勇気づけだったのでしょうか。
あっという間に消灯時間の午後9時になりました。

その後も、友部先生は定時回診以外でもちょくちょくお見えになって、
「心配事はないか」とか、なにかとお話しをしてくださった。
初入院のぼくには、とても頼りになるありがたい存在でした。


2012年2月10日【手術日】

いよいよ手術当日。
昨日9日は採血したり体温や血圧などいろいろ検査、
ストーマ専門のM看護師さんがお臍の横、左方向へ8センチ
下へ3センチの位置にマジックで印を付けに来てくれました。
人工肛門を付ける位置です。術後とその後の日々の生活を考えて
慎重に印をつけてくれました。

また、鎌倉市消防職員の救急救命士による医療行為習得のため
気管挿管許諾について書面契約を行いました。

これは手術時、全身麻酔と同時に医師が気管挿管を行うのですが
この行為を救急救命士に実習させる事を、了承するという書類です。
お役に立てるならなんでもOKです。とサインしました。

救急車両内では救急患者は消防隊員に生命をゆだねているわけで、
気管挿管など、救急救命士による医療行為の習得は救命率の向上に寄与でき、
鎌倉市も地域医療の救護体制を充実させる事が出来るということらしいです。

他にも内視鏡検査の時と同様に下剤をしたり、点滴など
あっという間に一日が終わりました。

そして、いよいよ2月10日。
直腸癌手術当日、朝6時起床。
点滴の管を腕にテープで止めたままですが
午前8時半にお風呂へ入りました。
点滴用管腕の点滴用管は入院の日から付けたまま。
身を清め清潔にしておくのでしょう。
これから、しばらく入れないという朝風呂でしたが
広くて快適、いいお湯いい気分。
風呂上がりのビールはダメのようです。

風呂から上がって褌(T字帯)を締めます。
午後2時頃、膝まであるキツキツの白い靴下をはかされて手術室へ

前の人の手術時間の関係などで午後3時に手術室へ入りました。
手術室へ入る前、万一輸血の場合はOKというサインも行いました。

いよいよ手術室。
TVドラマで見るような明るくて白い部屋ではなかった。
きっと緊張もしていたのでしょうか、あまりよく憶えていません。
広くてうす暗くて寒くて、大きな工場のようなイメージ。

「手術台へ上がってください」といわれ3〜4段上がり
妙な気持ちで小さなベッドへ上向きに寝ました。
同時に「横を向いてください」といわれ横になると背中がチクリ・・・
脊髄麻酔が設置されたあと
上を向くと何人もの医師が点滴やら、体に器具を付けたり注射したり忙しそうに働いています。
先生たちは全員マスクに手術着だから誰が誰だか見分けがつきません。
すると「麻酔します。すぐに利きますから・・・」
3秒くらいでしょうか。・・・・そのあとは何も憶えていません。

・・・・・・・

そして、4時間半ほど経過・・・したらしい。
午後7時半か、8時頃です。
名前を呼ばれて、気がつきました。麻酔が覚めたようです。
「手術は無事終わりましたよ」と言う声が聞こえました。
先ず最初に感じたのは「寒い!」どこも痛くないのですが「とても寒い!」
どうやら車輪の着いたベッドに乗っけられ、病室へ運ばれているようです。
家族と先生も一緒に歩いています。

運ばれたのは811号室、個室でした。
移動中は寒くて、寒くてたまらず妻や娘の手を握っていたようです。
痛みとかは感じないのですがとにかく寒い!
渡辺先生が「大丈夫ですか」と手を握ってくれました。
それは大きくて分厚い手でした。
暖かい手だな〜と思いながら、しっかり握っていた記憶がありますが
あとはほとんど憶えていません。
暖房のガンガンきいた部屋で眠っていたようです。



2012年2月11日【手術後1日目】

入院4日目、手術後1日目。
10日の夜はあっという間に過ぎました。
うとうとしていて、気がつくと看護師さんが血圧を計っていたり
点滴の薬を入れ替えていたり、ドレーンをチエックしていたり
数時間おきに手当をしてくれていたようです。

11日の朝になってやっと傷口をさわってみたり、ストーマを確認したりする余裕が出てきました。
体にはいろんな管がくっついています。
ビニールパイプの先に透明な容器のついたドレーンというものを触って見ます。
ドレーンは3個もついており、オシッコ用の尿管や点滴、酸素吸入パイプなどなど。
ちょっと動くにも絡まないように気をつける必要があり、まるで管だらけの重病人みたいでした。
ドレイン・チューブ腕に点滴、腰回りにはドレインや尿管チューブ。
午前中は祝日にも拘わらず主治医の渡辺先生が様子を見に来られ、
チーム三宅のメンバーも再三チエックに見えます。
こんなに度々、先生が様子を見に来るし、手術後は個室だし
ひょっとして・・・・・・何か?・・・・・・

午後には家族が見舞いに来ました。
3時間程度と言われていた手術が4時間以上もかかり心配した、とか
予定より時間がかかったのは思ったよりガンが広がっていたので
他を傷つけないよう丁寧に取り除いた為だとか
出血がひどかったので輸血もしたらしいとか、
手術の状況を初めて聞きました。
昨日の手術後、渡辺先生から詳しい説明を受けたようです。

ちょっと驚いたのは、手術の翌日なのに先生も看護師さんも「動け、歩け」と言うのです。
2〜3日位はただ寝てればいいと思っていたので、「寝てないで、動いて」と言われ驚きました。
尿管がついており、ストーマもついてるからトイレに行く用もないのだし・・・
動かなきゃならない必要もないのに、とにかく動け、歩けと言います。
寝ていれば痛くないのですが、やはり動くとお腹も痛いし・・・

先生も看護師さんも多少痛いのは我慢してでも歩いた方が回復が早いからと言います。
看護師さんの肩を借りたり、一人でキャスター付きの点滴用架台(スタンド)を杖代わりに
ソロリソロリと動く練習のスタートです。
まだ背中に麻酔の管が入ってるためか、傷口はどこも痛くはないのですが
歩くと下腹部の内側に鈍痛が残っており、お腹に響かないように、すり足で移動の練習。

夕方、見舞いの家族も帰り一人になると何もすることがありません。
TVを見る気もしないし、飲み物もダメみたいなので廊下へ出て
携帯から友達や兄弟に経過報告などを連絡。
水も飲めない、食事もとれない、うつらうつらとただただ寝たり起きたり・・・
それでも、あっという間に手術翌日が過ぎました。



2012年2月12日【手術後2日目】

入院5日目、手術後2日目。
朝6時起床。
きょうも朝から看護師さんがドレーンの交換や点滴のチエックなど
何回も来られて、器具のチエックや体調を調べて行く。

午前中に渡辺先生が傷口やストーマの様子を診に来られる。
ドレーンの液体の色を見て順調だと言う。
午後は家族が見舞いにくる。家から病院までは車なら15分位。
北里大学病院を選んでいたら片道1時間半はかかるから、こちらで良かった。

手術後2日目だがベッドにじっとしているとどこも痛まない、不思議だ。
医師によると細い管で脊髄に痛み止めの注入を続けているからだと言う。
寝たり起きたりも電動ベッドなのでとても楽。
ベッドボタンで背や膝の位置が上下する便利なベッド。

夕方、福島の友達から電話で「東京へ来てるから飲みに出てこないか」と誘われる。
「手術してストーマになった」と言っても「それ何?」と問い返される。
今、病院のベッドだから行けないと、事情を話すと驚いていた。

人工肛門だと言うと、皆びっくりするが、ほとんどの人が
「あ、そう。渡哲也もそうだから、大丈夫」という。

どうして大丈夫かどうか分からないけど、人工肛門=渡哲也は有名です。
ストーマとかオストメイトとかいう言葉は入院するまで知らなかったし
一般の人には馴染みのない言葉のようです。

入院から5日、手術から2日過ぎた。肛門を閉じ、ストーマを増設し
排泄システムはこの先、一生再構築(元に戻す)出来ないと言われており
すでにお腹の横から排泄しているのを見ると深刻な問題ではある。
しかし、少しも深刻な気持ちになれない、ただ客観的に眺めているだけだ。
歳のせいなのか、鈍いのか、きょうも穏やかな気分で午後9時の就寝時間を迎える。



2012年2月13日【手術後3日目】

入院6日目、手術後3日目。
やはり病院生活も少し慣れてきたせいか、自分でドレーンの色を気にしたり
点滴や酸素、体から出ている管などを調べたりしてみる。

お腹の手術傷跡はお臍の下から縦に15センチぐらいあるが
テープを貼ってあるだけなのに触っても痛くはない。

お腹の右側は押さえたり、撫でると感じるが
左側は感覚がないような気がする。
自分で自分の体を触ってるので、触られているお腹が感じているのか
手の方が感じているのかよく分からない。

お腹の左側から足の付け根あたりまで痺れているような感覚もある。
やっぱり、脊髄からの麻酔が利いているからだと、なんとなく思う
だから、お腹に開けたストーマの穴も全然痛まないのだろう。

無事手術が終わり、安定した時間が続いてるからなのか
少しづつ別の不安や余計なことを考えるようになった。

きょうは、手術後初めてY看護師さんにパウチを取り替えていただく。
Yさんには嫌な仕事だと思うが少しも嫌な顔しないで
慣れた手つきで、優しく交換してくれたのだが
久しぶりに現実のニオイを嗅ぎ、イヤな気持ちになった・・・。

この病院ではリハビリ専門の(だとおもう)看護師さんがいて
きょうからちゃんとリハビリします、歩く練習です、と云って
歩き方やつかまり方を教えてくれた。
まだ、お腹に振動が伝わらないようにスリッパを滑らしながらしか歩けません。
10メートルくらいは歩いただろうか。
横になってれば全然痛くないのだが歩いたり振動が伝わると
左下腹部の内側が深く広く丸く痛い。痛みを言葉で表現するのは難しい。

まだ食事はもちろん、水もお茶も6日間飲んでないが、渇きは感じない。
こうして2月13日もあっという間に終わった。



2012年2月14日【手術後4日目】

入院7日目、手術後4日目。
「お部屋が替わりま〜す」
朝の5時半、看護師さんにそう云われて朝から引っ越し
どうやら、夜中に手術した重傷の方がこの部屋へ入ってくるそうです。

「安定してきたから個室から4人部屋へ移動しますネ」といわれ
連れて行かれた引っ越し先は懐かしの822号室
2月8日、最初に入院したお部屋でした。

晴れると富士山が綺麗に見える窓際のベッドでラッキー。
「家から見る富士山より大きい!」病院の方が富士山からは遠いのに・・・
そしてチーム三宅のE先生が「きょうから水とジュースはOKです」の
許可が出ました。

まる6日、一週間ぶりに飲む水は美味しかった。
1階にローソンが入っておりジュースや水を売っていますが、
水は一種類のみ、サントリーの「天然水」。
理由はよく分かりませんが病院の中のコンビニなので、
品質に問題がない水であることは間違いないのでしょう・・・
ここのローソンは24時間営業なので助かります。
サントリー天然水
ここの看護師さんはいい人ばかり、優しくてよく働く。
いつも移動架台にパソコンを乗せて患者を見回っています。
夜と昼の看護師さん二人が交代で看てくれていますが
人数も多いしマスクをしてるので名前を覚えられません。
きょうは、Y看護師さんがドレーンの色のこと等いろいろ教えてくれました。

夜になって初めて、ナースコールボタンを押しました。
突然、スタンドの機械がピーピー鳴りだしたためです。
あわてて、ブザーを押すと看護師さんが来て、接続している装置が
血圧の低下を感知したからだとか。

血圧が70を切るとブザーが鳴るように設定されているそうです。
すぐに慣れた手つきで看護師さんが処置を行い、事なきを得ましたが
50を切るとヤバイらしい。

入院前は、たまに血圧を計ると下が、70・80台〜上が120・130〜140位で
普通だと思っていたのですが、気がつくと、手術以来低くなっていました。
上が、80とか90位です。それが、70を切ったのです。

原因は手術で出血が多く、輸血もしたのだが、まだ血が少ないのだとか。
でも、問題ないから心配しなくていい、と云ってました。
きょうは水が飲めるようになったと喜んでいたのですが・・・・
でも、一度押してみたかったナースコールも経験できたし。

ナースコールと言えば・・・
10数年前、肝臓が悪くて入院していた友人が
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が
「ナースコールは三度ベルを鳴らす」んだ、
一度や二度では来ないからとボヤいていたのを思い出す。
ここでは看護師さんがすぐに飛んでくるのだが・・・。

いまや、どの病院でもそうかも知れませんが
看護師さんのハイテク装備も進んでいます。
彼女たちは全員がスーパーの手押し車みたいな(移動架台)ものを持っている。
ノートパソコンのようなモニターが付いており、一通りの医療用品もセットされているようです。
病院内無線LANなのかWi-Fiなのか、
24時間、ナースコールや連絡、すべてこの移動車で行ってるようです。
医療現場もドンドン進化しています。

そして、入院7日目もあっという間に消灯時間、九時になりました。



2012年2月15日【手術後5日目】

入院8日目、手術後5日目。
三宅チーム、4名の先生が朝の回診。
「明日、背中から脊髄へ入れてある麻酔薬用の管を抜いて痛み止めは飲み薬に変えます」といわれた。
そしてロルフェナミン錠、セルベックスカプセルという飲み薬を渡され
一日三回、朝昼夜に飲むようにいわれました。

きょうは女性のリハビリ担当看護師さんと字廊下を一周。
ここの病院の廊下は8階の場合ですが8の字を横にしたようなカタチなので
その気になれば永遠に回り続けられます。

同室で入院2ヶ月以上だという隣のベッドのMさんは80代のお爺ちゃんですが
一日に何十回も回るので看護師さんたちの間でも有名。
こちらは一周するのもやっとで、まだ動くとお腹の中がズッシリ痛みます。

昨日、水の許可が出て、きょうは「飲むヨーグルトぐらいはいいですよ」といわれ
早速1階のローソンで買ってきてもらいました。
ほとんどの栄養は点滴でまかなっているようですが、
こうしてだんだんと水から固形物へ移動していくのでしょうね。



2012年2月16日【手術後6日目】

入院9日目、手術後6日目。
AM:2時半、腹痛。
いただいていたロルフェナミン錠、セルベックスカプセルを飲む。
いつか眠ってしまい、気がつくと朝。もう痛みもない。
手術後初めての腹痛だったが、原因はなんだったんだろう。

AM:6時半。
いつもの三宅チームが朝の回診。
「横向いてください、抜きます」・・・あっという間に細い針金状のものを外しました。
脊髄からの麻酔は外したので、痛み止めの薬を服用するようにといわれた。
やはり、このチームは毎朝・晩やってくるところを見ると帰宅してないようだ。

AM:10時半。
Y看護師さんがパウチの交換をしてくれる。
前回は2月13日だったから、なか2日で交換の計算だ。

午後はリハビリ担当の男性看護師さんに付き添っていただき8の字を一周した。
点滴やらドレインやら尿の袋をぶら下げたスタンドを杖代わりに歩くのでけっこう大変。
振動が伝わるとお腹の中というか底の方が痛いのですり足でソロリソロリと・・・

夕方、妻の見舞い。飲み物がOKになって以来、毎日いろいろな飲み物を買ってきてくれる。
湘南鎌倉総合病院は自宅から車で15分位なのでこういう時は何かと便利。
入院以来食事なしで9日目。別に食べたいとも思わないが飲み物はやっぱり水を一番飲むようだ。
あと2〜3日で食事も出ると思います。と看護師さんが言っていた。



2012年2月17日【手術後7日目】

入院10日目、手術後7日目。
朝6時に起きて、歯を磨く。
きょうは7時10分に三宅チーム回診。
一番うれしかったのは

コーヒー、飲んでいいですよといわれたこと。

湘南鎌倉総合病院の1回にはローソン(24時間営業)とドトールがあります。
さっそく10日ぶりのコーヒーを飲みました。
コーヒーを飲むとタバコが吸いたくなります。
湘南鎌倉総合病院は全館禁煙。
タバコも10日吸っていないのですが禁煙しており
喫煙のことはほとんど忘れています。

午後にはリハビリの看護師の方が見えて8の字廊下を2周もしました。
だいぶ歩くのが上手になったとほめられ
廊下の途中に障害者用の広いトイレがあるのですが
パウチ内の掃除はここで行うようにと、教えられました。
ストーマ用の設備がそろった四畳半くらいのトイレです。

その後、妻が見舞いに来たので再び8の字廊下を一緒に一周
少しずつですが歩くのも苦痛でなくなっており、
これからは、ひとりの時でも練習できそう。

夕方、M看護師さんがお見えになってストーマ用品や心得などについて教えてくださり
お腹を見て、ストーマの経過も順調のようだといわれました。
M看護師さんはストーマケアなどを専門にされているようですが、優しく的確に指示されます。

やはりたくさん歩くとお腹の底の方が痛いのですが
痛み止めを飲むとすぐ治ります。
きょうは比較的よく歩いたので消灯の九時には眠くなりました。



2012年2月18日【手術後8日目】

入院11日目、手術後8日目。
水⇒ジュース⇒コーヒーに続いて
きょうは、プリンとヨーグルトは食べてもOKとの許しが出た。

徐々に口から食物を摂るようになっていく。
毎日、朝晩の回診で先生が診て回り、細かくチエックし体調を調べるから、
ストーマの調子や傷の調子をドレーン内の血液の色などで分かるのか
少しずつ体が回復していると判断しているようだ。

しかし背中の麻酔用の管を抜いただけで、まだドレーンは2個ついたまま。
手術後8日になってもドレーンの色は、素人目には血の色のまま。
この色が薄いピンクになってくると外すらしい。
看護師さんは「もうすぐょ、色が良くなってる」という。

それにしても湘南鎌倉総合病院は、はやっているようで
この822号室も入院患者の入れ替わりが激しい。
救急病院のせいもあるらしく、夜中にも患者さんが入ってくる。

ここは4人部屋だが、比較的プライバシーに配慮した設計となっており
隣の人との間は棚で仕切られているから話し声などは比較的聞こえてこないが
先生が回診の度に「○○さん、○○の具合はいかがですか」と、元気な声で呼びかけるので
おおよその病気や怪我の症状は分かる。やはり、お年寄りが多い。
年齢別に分けているのか病状でわけているのかは不明だが
平均すると3日〜4日で入れ替わるようだ。
入院して2ヶ月になると言っていた隣のお爺ちゃんは
「ここの患者の入院平均日は8〜9日だそうだ」と言っていたが。

最近、先生がよく使う言葉「日薬」。
目薬じゃなく、ひぐすりという言葉をよく使われる。
日薬の意味は、一日、一日、日を重ねていく、毎日回復していく状態を言うらしい。
何の薬のことかと思ったが、文字で書くと分かりやすい。
言われてみると、昨日より今日、そんな気がする。

まだリハビリで歩いたり、長く動くとお腹が痛い。
でも廊下で看護師さんとすれ違うと「歩くの、大分上手になったわね」と誉めてくれる。
きっと、日薬のせいだろう。



2012年2月19日【手術後9日目】

入院12日目、手術後9日目。
入院していると曜日はあまり意味がないのだが、今日は日曜日。
妻は毎日見舞ってくれるが、今日は日曜日だからと娘たち二人が来てくれる日だ。

「今日から食事ができますよ〜」と朝食がトレイで運ばれてきました。
そういえば昨日の午後、明日から食事が出ますと先生が言っていた。
久しぶりの懐かしいとうな朝ごはんです。
初朝食
入院後12日目、病院の初朝食
(お粥・冷奴。大根、人参、いんげんの煮物・もやしのみそ汁・たい味噌・牛乳・お茶)

初朝食にしては、量が多い。
食事風景とトレイ等を変えて、鰺の干物でも付いていれば旅館の朝食なみだが。
初の病院食はおかゆの量も多いし、普通の人の朝食みたいだ。
いっぱい食べて元気になれってことだろう。

午後、家族が見舞いに来てくれた。
上の娘がイヤホーン付きの小さいラジオをプレゼントしてくれ
下の娘は孫が描いた絵を持ってきてくれた。
孫の絵
3人の孫の寄せ書き

絵には「たいいんしたらいっしょにあそぼうね」と描いてある。
さっそく壁に貼って孫たちに思いを馳せる。

親戚や知り合いの人たちが見舞いに来たいと言ってるそうだが
もうすぐ出るからご心配なくといってお断りした。

というのも、2月末頃までには退院できると先生が話していたから。
直腸ガンとか人工肛門とかあまり誇れる事ではない、というよりちょっと悲しいことだし
自分から喧伝して廻ることでもないからと思ったからです。

本日は家族が揃って見舞いに来たため、歩いて見せたりコーヒー飲んだり
入院後、初食事したりで、いつもよりはしゃいだのか、ちょっと疲れた。



2012年2月20日【手術後10日目】

入院13日目、手術後10日目。
昨日は一日に3回も食事したからなのか、夜中にお腹が痛くて3回も目が覚めた。
12日間も固形食を摂っていなかったのに、急にたくさん食べたためお腹が驚いたのだろうか。

それでも今朝の目覚めは爽やか、スッキリ。
6時に歯を磨いて顔を洗って、6時半に8の字廊下を1周。
7時にはいつもの三宅チーム医師団が回診。
「色が良くなった」と言われ、ドレインを一つ外してくれた。

「日薬」だろうか、今日も調子はいい。
午後、妻がレ・シューのプリンとドトールのコーヒー持参で見舞ってくれる。
昨日、先生から何を食べて構わないといわれていたからか
そら豆の煮た物と美味しい笹カマを戴いたから、と持参してくれた。

レ・シューのプリンはいつ食べてもまろやかで美味しい。
外はまだまだ寒い日が続いているようだが822号室はもちろん
病院内は年中、空調管理で最適な温度を保っている。

入院患者はパジャマとズボン or 浴衣が選べるようだが
入院以来、浴衣とフンドシで過ごしている。暑くも寒くもない快適さ。
浴衣姿で排尿袋のついたスタンドをゴロゴロと杖代わりにして
昨日も今日も廊下の8の字を歩いている。

浴衣にフンドシ(T字帯というらしい)はもとても便利。というか
お腹やお尻まわりにドレーンとか尿管やパウチが付いてるため
パンツをはいてパジャマ・ズボンだと何をするにも容易ではない。
その点、フンドシはシンプルで機能的・便利。さすがに昔の人はエライ。
退院後も下着はフンドシにジーパンスタイルで過ごそうかと思っている。

本日2月20日の夜、事件があった。
事件といえるかどうかは分からないが
同室に入院されてるM氏と主治医の先生とが・・・向かいのベッドでの出来事
とてもハラハラ、ドキドキ。
これは「M氏事件」として、別項目に書きます。
「M氏事件」←穴の穴の小さい奴

きょうから、1時間に一回、8の字を1周する事にした。
廊下ではいつも先生や看護師さんが行き交っており、黙礼してすれ違う。
皆さんが、「頑張ってますね」と優しい眼で励ましてくれる。



2012年2月21日【手術後11日目】

入院14日目、手術後11日目。
早朝5時半に目がさめたので、廊下の8の字を一周。
今朝の回診は6時半。三宅チームは昨夜も自宅に帰ってないようだ。
このチームは病院へ住み込んでいるみたいだ。

ドレイン、2個めを外してくれ、
臍の下10センチほどの傷口に貼ってあったテープも剥がす。
グレーの傷跡が痛々しい。

「一度自宅へ帰りますか、日帰りでも一泊でも構わないですよ」
三宅先生によると、尿管は付けたままで、携帯用の尿の袋を足につければ
尿袋のスタンドを引っ張って歩くことないから練習に帰ってみてはどうか・・・
体の様子も良さそうだし、帰りたかったら措置しますが、と。

入院以来2週間も経ち、そろそろ帰りたいのではとの配慮だろう・・・
「いいえ、大丈夫です。管が全部抜けてから退院したいから」と答える。
「そう、では入院もあと一週間ぐらいだと思うが、それでいいですか」と先生。

そうなんだ、あと一週間ぐらいで退院できるんだ。
あっという間の2週間が過ぎ、退院の目処がたったようです。

昨日の「M氏事件」。M氏は午前11時に奥様が迎えに来られて退院していった。
「退院おめでとうございます」と声をかけたが、ちょっと元気がなかったように見えた。
空いたベッドへは退院を待ち構えていたように、胃を切ったという新しい人が入ってきた。

午後は看護師さんが見えて足湯しましょう、とお風呂へ誘ってくださり
長いあいだお湯につけた後、丁寧に洗ってくれて気持ちよかった。
足が乾いたらクリームをつけてくれ、爽やかな気分になった。
他人に足を洗っていただいたのも初めてだし、看護師さんって大変だな〜と思った。

食事の写真を毎回携帯で妻へ送っていたのだが、「こんなんじゃ力がつかないでしょ」と
牛のしぐれ煮、大根サラダなどを持ってきてくれた。
最近はお腹も空くようになり、食欲旺盛。

最近、ちょくちょく携帯が鳴り、そのたびに廊下へ出てお話しするのだが
先輩の「O氏」の電話で、「とうとう、君も完全無穴だな〜」といわれた。
「はぁ〜?」・・・・・・、そうか、「・・・無穴ね」、そういう意味ですかと笑った。
さすがコピーライターだけに上手いこと言う。
このホームページのタイトル「完全無穴」はこうして生まれた。

夕方、三宅チームの回診時に「完全無穴」のことを話すと、ウケた。



2012年2月22日【手術後12日目】

入院15日目、手術後12日目。
朝6時に歯磨き、顔を洗って廊下を一周。
7時半、三宅チーム回診
「退院まであと1週間くらいですが、外出・外泊はいつでもどうぞ」といわれた。
いよいよ、もうすぐ退院なんだ、入院生活にも慣れてきたし
規則正しい生活や快適な設備、先生や看護師さんの介護ぶりを体験してみると
このままずっと居てもいいかな等と勝手な考えも浮かぶ。

午後、今日はシャワー使っていいですよ、と言われる。
いままでは二日ごとに浴衣の交換とベッドで体を拭いていただいていたが
昨日は足湯だった。そして今日はシャワー。

久しぶりに頭も洗いK看護師がストーマ・パウチも交換してくれた。
2週間たった今も尿管が付いているため、清潔にしておきましょう、と泡をつくりながら
「若い人はお風呂でパウチ交換すると、恥ずかしそうでお気の毒です。私たちは
仕事だから気にしないけど、男性の方は特にね」といってました
「いいえ、年寄りでも男は女性の前で裸になるのは恥ずかしいです」

ストーマは直腸の先端がお腹からちょっと飛び出しているので洗うときも
爪などで傷付けないこと、ストーマの回りの皮膚に付いた保護材などは石けんをよく泡立て、
泡だけでそっと、ていねいに洗うこと、洗い方等を教わった。

午後、隣のベッドで入院以来2ヶ月だという80代のお爺ちゃんが退院していった。
「やっと退院ですね、おめでとうございます」
「いやぁ〜入院最長記録じゃなかろうか」などといいながら、迎えに来ていたお婆ちゃんと
手をつないで退院していった。二人は絵本に出てくるようなお爺ちゃんとお婆ちゃんでした。

このお爺ちゃんは先生や看護師さん仲間では有名。
理由は、毎日とにかくよく歩く。8階だけでなく、他のフロアーも歩いてまわる
万歩計で、今日は8000歩、9000歩だといつも先生に報告、誉められていました。
歩いたあとは、新聞や本を読みながら、いつもカーテン開けたまま寝ている。
浴衣がはだけて、いつもスッポンポンで寝ているので看護師さんにも有名。
「このほうが面倒がないし、傷の手当ても楽だから」と下着無しでも平気の様子。
長入院だったのは手術後のお腹の傷の治りが遅れていたからだと言っていた。

夕方、三宅チームのT先生が最後のドレインを外し
お尻の手術傷に貼ってあった絆創膏も剥がしてくれた。
「すっかりキレイになってますョ」といっていた。
自分では見えないし想像もできない
「先生、やっぱり完全無穴ですか」
「そうですね。完全無穴です」と笑いながら言われた。



2012年2月23日【手術後13日目】

入院16日目、手術後13日目。
退院された隣のおじいさんのベッドへ昨夜、新しいおじいさんが入ってきた。
ベッドの入れ替わりが頻繁なのも驚きだが、入ってくるのも廊下で出会うのも
ほとんどが高齢者だ。いろいろそんな風景を観察する余裕が出てきたようである。

今朝も6時に廊下を1周、穏やかな天候だ。
8階病室の窓の向こうに見える小さな山の中腹に竹が群生している。
入院した日から毎日外を眺めているのだが、
この竹林の色が日々やわらかい黄緑色に少しずつ変化していく。

じっと見ていると、もやもやとした柔らかいいくつものかたまりが微妙に動めいている。
一本一本の竹が風にそよいでいるのだろうか。
ベージュ色だった竹の葉が黄緑色に少しずつ変化していくように
先生の言う「日薬」のように毎日、少しずつ春が近づいているのだろう。

三宅先生が回診に来られ、ストーマ(人工肛門)調子よさそうね。
「今日は木曜日だから、土曜日には尿管も抜きましょうか」と。
「その後、一日二日様子をみて来週は退院だね」と言われた。

そろそろ退院だと具体的に言われ、そうなんだ、来週は3月になるんだ。
あっという間の入院生活だったと、またまた月日のたつ早さを実感。

窓の外を眺めていたら何となくスケッチがしたくなった。
向かいの小さな山と竹林の様子を鉛筆で描いてみた。
絵を描くというのはとても集中できる行為だ。

ゆれる竹林を描きながら、ふと萩原朔太郎の「竹」の詩が浮かんだ。

          竹   萩原朔太郎

          光る地面に竹が生え
          青竹が生え
          地下には竹の根が生え
          根がしだいにほそらみ
          根の先より繊毛が生え
          かすかにけぶる繊毛が生え
          かすかにふるえ。

          かたき地面に竹が生え
          地上にするどく竹が生え
          まっしぐらに竹が生え
          凍れる節節りんりんと
          青空のもとに竹が生え
          竹 竹 竹が生え。

気になる詩だが、目の前の竹のイメージとはまるで違う。
竹には清々しさ、はかなさ、しなやかさや弱さや頼りなさ、優しさを感じる。
竹取りの翁に近い歳になったからそう思うのかもしれない。
2時間ほど、ベッドでスケッチ。なんだか頭がスッキリした。

 ⇒ 822号室から見えた竹林

スケッチに集中したせいか夜はぐっすり眠れた・・・夜明け前、夢を見た。
竹林をていねいに描いたからだろうか・・・
白無垢のかぐや姫がそっと手をさしのべている夢だった。
かぐや姫が手に触った気がして目をあけると
脈をとっていたのは白衣の天使、夜勤のK看護師さんだった。

「め、さまさせちゃったかな?」と、にっこり微笑んだ。
それは、かぐや姫の笑顔のようだった。



2012年2月24日【手術後14日目】

入院17日目、手術後14日目。
毎日、あれこれ差し入れに来てくれていた妻が今日は用事があってこれないという。
家にはプードルが3頭いて、みな高齢者。
目・耳・足・てんかん・心臓・腎臓などそれぞれが、いくつも疾患をかかえている。
朝晩の食事、薬の配合もなかなか大変である。

私は日常、薬は服用してないが犬を観ていると自分の将来と重なる・・・。
15歳の心臓病の老犬が私が退院するまで逝かないで待っててくれるか心配だ。

今朝も6時から1時間おきに8の字廊下を一周する。
夕方、M看護師さんがストーマの細々したことの説明に来てくれた。
彼女は、看護師さんの中でもストーマが専門のようで
ストーマ装備品のことなど非常に詳しい。

退院後は外来でストーマ相談へ来てその後の指導を受ける事になるらしい。
ストーマ自身の大きさの変化や、回りの皮膚の状態などのチエックするとのこと。
ストーマの大きさも変化するらしい。
たしかに退院後、体の一部が異常なまま生活するわけだから
もし、なにかがあった時に相談できるのは安心だ。

ドクターチームが夕方の回診時、
「明日の朝、尿の管を抜きます」と言われる。

抜いた後、最初はオムツを着用してください。それと尿意があってから
トイレまで間に合わないかも知れないので
ベッド脇にビーカーを置きますからそれでしてください。

いよいよ明日で体に付いていた管はすべてなくなるのだと思うと
とても嬉しかった。と同時に
「オムツがいつまでもとれなかったどうしよう」という不安も残る。

「尿管系は細心の注意で傷付けないように手術したから心配ない」と先生は言う。
尿道付近まで癌が浸食してる場合は、手術時にわかるから、その時点で
ウロストミーというらしいが、簡単に言うと
尿路変向術を行い、尿もストーマから排出する方法をとる場合もあるらしい。

「大丈夫だから、明日の朝、抜きます」と言って行かれた。



2012年2月25日【手術後15日目】

入院18日目、手術後15日目。
毎朝6時から消灯時間の9時まで、なるべく1時間おきに廊下を一周する。5日目になる。
今日までは尿の袋の付いたスタンドを杖代わりにゴロゴロ引っ張って歩いていたが
尿管を抜いたら、手ぶらで歩くことができる。

午前10時にその尿管を抜くため、三宅チームが来た。ちょっと緊張した。
チームの先生たち3人がベッド脇で見下ろしている。
ベッドでただ上を向いて寝ていればいいといわれる。

ピアノの中村紘子の若い頃に似た綺麗なS女先生も見ている。
T字帯から大事なモノを取り出したかと思うと、あっという間にビニールの管を抜いた。

痛っ、と思う間もなく簡単に抜きとり、
「一応、1日くらいはオムツをして様子を見てくださいね」
「オシッコはトイレへは間に合わないかも知れないのでビーカーへしてください」
「最初に出てきたオシッコは捨てないで見せてください」
「夕方の回診の時、また状況を教えて下さいね」
「状況が良ければ来週の初めには退院できます」と言って出てゆかれた。

いままで、ずっと管が付いていて気持ち悪かったが、これでスッキリ。
少したってちょっとしたくなった。恐る恐るオシッコをビーカーにしてみる。
そういえば昔はシビンとかいうとってのついたガラス瓶だった気がする。

最初のは流さないでトイレの横へ置いておくようにいわれていた事を思い出す。
ちょっと違和感はあるが、オシッコはなんとか意思通りに出た。
その後も1回分の量は少ないが、数回した。
でも、キレが悪い。というか上手く“いきめ”ない。
あそこに力が入らない。肛門のまわりの肛門括約筋をとってしまったからか。

夕方の回診時に、上記のような報告をする。
「先生、おちんちんに力が入らないから、オシッコが出終わっても
 イマイチスッキリ終わったという感じがしないんですが・・・」

「今は自分の意思で出せるだけで大丈夫です、
 だんだん回復するから・・・、念のため今夜はオムツして寝てね」
「それと、明日はお尻の抜糸をします」
「今日明日、オシッコの出具合をみて、問題なければ来週早々退院OKです」
「オシッコに慣れてきてからですね、分かりました」と答えたがちょっと心配。

ふんどしの後、今度はおむつ。
初めてのオムツは変な履き心地だが、今夜はオムツで寝るしかない。
いよいよ、このベッドへ寝るのも、あと2〜3日なのだ。

やっとすべての管が抜けたので、右や左へ寝返りをしてみる。
ストーマが邪魔で、うつぶせは無理だがうつぶせでは寝ないから、ま、いいか。

それより明日、朝起きたらオムツがグッショリなんていやだなー。



2012年2月26日【手術後16日目】

入院19日目、手術後16日目。
「オムツはどうでしたか」朝、回診の先生が一番に質問した。
オムツは濡れていませんでした、と答える。

「そうですか、じゃ、いよいよ退院ですね。今日は日曜日だから明日か明後日でどうですか」と先生。
「それでは、明後日の火曜日でどうでしょうか」と応える。
「結構ですよ、それでは退院の手配をしておきます。詳しくは後で」と言って立ち去る。

そうか、退院か〜。20日近く入っていたのにあっという間だった気がする。
朝10時、中村紘子似のS先生が来られて、お尻の抜糸をするという。
そういえば、チクチクすると思っていたのは糸があったからか。

「横向いて下さい」S先生がピンセットらしきもので丁寧に抜いていく。
「終わりましたよ、これですべて終了です。明後日ですか?無事退院でよかったですね」
お陰様で、ありがとうございました。とお尻をしまいながら答える。

午後、見舞いに来た妻、娘と1階のドトールへ行きストーマの事や退院の打ち合わせをする。
保険請求のための入院証明書や身体障害者申請用の診断書など、退院までに必要な書類などの手配をする。
ストーマ専門のM看護師さんによると、ストーマ装具(パウチや皮膚保護剤など消耗品)は自治体へ身体障害者申請を行えば
実質費用はかからないで利用できるので早めに手続きをするように、といわれている。

家族にも2月28日午後、退院する旨を伝え、その準備などをお願いする。
822号室への宿泊もあと2日だ。もう少し居たい気もするが・・・。



2012年2月27日【手術後17日目】

入院20日目、手術後17日目。
あっという間に朝。6時、日課となっているS字廊下を一周。
体には余計な管やドレインも付いてないので、歩きやすい。
お腹の横にパウチは着いているのだが、これは一生外せない・・・

パウチは黙っていれば他人には分からない。
お見舞いは家族以外、一切断っているが病状はお伝えしている。
伝えるといっても携帯にかかってくる人だけだが、それでも
直腸ガンで手術して3週間入院だというとみんな驚く。

「人工肛門になっちゃった。ストーマと言うらしい」というとさらに驚く。
「身体障害者に認定されるらしい」というと、大丈夫なの、平気なのと身体障害者という言葉に驚く。
付き合いのある人の中にはストーマは居ないようだが、いろいろお話していると
私のおじさん、知り合いの人、親戚の誰某、とそれなりにストーマはいるようだ。

「大丈夫だよ、ばんばんゴルフしてる人もいる」
ストーマになってかえって便利になった、と言ってる人もいる」
ストーマの老人の介護は清潔でラクだと介護士の人が言ってた」

さまざまな情報で皆さんが同情し、何かと慰めてくれる。
精神的・肉体的に弱ってくると友人の言葉も素直に聞ける。
だが実際のストーマ生活は退院してみないと分からないだろう。

退院後の生活では予期せぬことも起こるかも知れない。
その退院もいよいよ明日だ。

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2012年2月28日【手術後18日目】

入院21日目、手術後18日目。
2月28日、退院当日。いつもの年なら2月の末日。
今年は閏年だから2月29日まである。
4年に一度しかない記念の日の退院だ。

今朝は5時半に起床。いつもと変わらず6時から入院最後の廊下8の字を歩く。
ここを歩くのも今日で最後になる、懐かしい廊下だ。

朝の6時半に三宅チームが回診に来られ
「いよいよ今日の午後退院ですね、その前に説明があります。
あとでカンファレンスルームでお待ちします」と三宅先生。

10時になったので三宅先生と話すためカンファレンスルームへ行き
先生といろいろお話しをする。

先生は大阪の人で京大出だ。兵庫出身のボクはそんなことにも親近感をおぼえる。
病気「ガン」手術の話と先生から経過の説明を聞く。
3週間も入っていたのは、どうもボクのわがままだったようだ。
皆さん、たいがい早く退院したがるという。

「先生、三宅チームが朝晩回診してくれ、24時間看護師さんが見回ってくれる
こんな快適な入院ならいつまでも入っていたい」とお礼を言う。

「一週間後の3月7日に渡辺先生が診ますから、外来で来てください」と言われる。
「薬とかは出ないのですか」と尋ねると「何か必要ですか?」といいながら
「じゃぁ、痛み止めを出しておきますから、もし痛んだら飲んでください」と。

先生とは手術の話より老人と医療の話や深沢七郎の楢山節考、安楽死のお話し。
あっという間に30分ほど経過。話は尽きないが先生も忙しい身だ。
ボクの入院以来、先生は一度も家に帰った様子がない。もう3週間になるのに。
「では、2時頃退院します。ありがとうございました」とカンファレンスルームを出る。

ベッドへ帰るとチームの友部先生が見える。
先生は前にも触れたが回診以外にちょくちょくお見えになる。
「いよいよ退院ですね、何か意見とか要望とかないですか?」と言われ、
「快適でした。要望としては、まだしばらく帰りたくないです」と言いながら談笑。

午前11時、廊下を歩いていたら昼間勤務が多かったY看護師が向こうから来た。
「退院だって?良かったね〜」とハイタッチ!彼女はいつも何でも教えてくれ、とても親切にしてくれた。
そういえば、きょうはK看護師をまだ見ていないが、夜勤の日だろうか。
飼い犬に噛まれたと言って包帯を巻いていた、人なつっこいK看護師。

12時。病院の最後の昼食を済ませ、1時に予約を入れておいた風呂に入った。
手術後しばらくはパウチ交換はベッドで看護師さんがしてくれていたが
最近は風呂場でパウチの交換をするため、担当の看護師さんがみてくれる。

「大丈夫?手伝いますか?」と声をかけてくれたので振り返ると
「退院おめでとう、良かったね」と、入り口にK看護師が立っていた。
かぐや姫だと思ったK看護師だ。

「ありがとう、パウチは自分で出来るから大丈夫。でも、もう会えないかと思ってたよ」
「よかったね。退院は2時?」「はい、大変お世話になりました」
また来ます、ヨロシク。とは言わなかったが会えてお礼が言えてよかった。

2時前に妻が迎えに来ていよいよ退院。
8階のナースセンターのカウンターへ行って皆さんへお礼をのべて1階ロビーへ。
お支払いカウンターで精算。ここの病院は現金のみ(他は知らないが)。

なんと、総費用はざっと8万円。
3週間入院して、手術して食事して完全看護でこの価格。
健康保険に加入していれば病気になっても負担が少ないということを実感。

2月8日に入院、10日に手術、28日まで入院。
28日、完全無穴のストーマとなって、先ずは無事退院。

以上・・・、ちょっとくさいウンチクと完全無穴のてんまつでした。
人工肛門手術後のお腹の変化などは、こちらに「ストーマ写真」を載せています。

最後に湘南鎌倉総合病院でお世話になった先生、看護師の皆さんに
深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

※長々と、ここまで読んでいただいた皆さまに感謝。
 退院その後について、またストーマの方のお役に立てそうな情報があったら、投稿していきたいと思います。
 ストーマ ブログ私のストーマ写真ストーマ(人工肛門)の方には参考になるかもしれません。



2017年5月15日【手術後1900日目】(5年経過)

手術から丸5年経過しました。
直腸がんで入院し退院してから5年です。
5年目の定期検査で、直腸がんは完治となりました。
超音波から内視鏡までの検査で異常なし、ということです。

完治と言われてもストーマであることには変わりません。
人工肛門はお腹の上についたままです。
現在の医療技術では自分の人工肛門は再構築出来ません。

でもそれは仕方ないことなので
これからも完全無穴のままで過ごします。
完全無穴の筆者は71歳で手術を行い
現在は76歳になりました。

後期高齢者の2年目を迎えたのですが
お酒もタバコも50年以上いただいています。
この5年間を振り返ると時の流れの早さに、ただただ驚くばかりです。

障害者の身にはなりましたが、現在は健康です。
こちらのホームページも5年間で数十万回閲覧していただいており
毎日、数百人の方にアクセスしていただいております。

ストーマや人工肛門で悩まれている方、
ご家族やお知り合いが直腸がんに冒されている方
色々な方が、色々な理由でご覧になっているかとは思いますが

今回伝えたかったのは「治ったよ」です。

人生それぞれ、いろいろあると思いますが
この5年間、ストーマや人工肛門・直腸がんなどの情報には
体験者当人として関わり、お話を聞く機会にも恵まれました。

いまは直腸がんも早期発見なら人工肛門になることもありません。
仮に人工肛門になったとしても、数年後に再構築する技術も進んでいます。
筆者は1ヶ月も入院しましたが、いまではほとんど数日で退院らしいです。

このページをご覧になる方は直腸がんや人工肛門・ストーマ
何らかの関係がある方たちだと思いますが

最近の医学の進歩には目を見張るものがあります。
「何か変だぞっ」そう思ったら、即、検査してください。
納得いかなかったらセカンドオピニオンを利用してください。

病気は昔も今も早めの処置が一番です。

当ページは6年目、7年目・・・どこまで続けられるか・・・
体のその後情報を発信していくつもりです。
お役に立つ情報も、無益な情報もあるとは思いますが・・・

でも、一生おへその横に咲き続けるストーマという赤いバラの花と
この花のように、生涯、その後・・・その後を記していくつもりです。
                  (2017年5月15日)


▼退院後の人工肛門・ストーマ外来⇒前立腺 腫瘍マーカー
  (退院後の日々を時々ブログで気ままに書いています)

⇒ 2012年3月7日 退院後初外来
⇒ 2012年4月18日、ストーマ外来・外科外来
⇒ 2012年8月22日 外科 外来・ストーマ 外来
⇒ 2012年9月20日 ストーマになって初の健康診断(にんげんドック)
⇒ 2012年10月1日 前立腺 腫瘍マーカー PSA値が高い!
⇒ 2012年10月3日 泌尿器科 外来で前立腺 腫瘍マーカー再検査
⇒ 2012年10月19日 前立腺 MRI 検査
⇒ 2012年10月23日 がん(眼) 圧 測定
⇒ 2012年10月26日 「前立腺 がん」らしいと言う友人のこと
⇒ 2012年11月5日 前立腺 MRI 画像 診断結果
⇒ 2012年12月5日 オツムは確かだがオムツには困った、という先輩
⇒ 2012年12月31日 あれから1年。今年最後の眼科
⇒ 前立腺ガンで死亡した恩師・・・。
⇒ 直腸がん、人工肛門手術から1年。
⇒ 前立腺がんの検査結果
⇒ 人工肛門のまま、内視鏡で大腸検査をする不安(前日)。
⇒ 人工肛門でパウチ装着のまま、内視鏡による大腸検査(当日)。
⇒ 前立腺 腫瘍マーカー PSA数値(3回目)。
⇒ 献血でお役に立ちたい、と思ったが・・・。
⇒ 前立腺がんの友人が小線源治療をはじめた。
⇒ 友達が喉頭がんで入院した。
⇒ がん圧、その後。
⇒ 前立腺 腫瘍マーカー PSA数値(4回目)。
⇒ 目医者さんの浮気!?
⇒ 頭痛の種。
⇒ 藤沢総合健診センターで健康診断。
⇒ がん(眼) 圧 測定
⇒ アレルギー性結膜炎・・・なので。
⇒ 定期健康診断の結果。
⇒ 胸部CT検査。
⇒ 大腸内視鏡検査。
⇒ 2015年1月 PSA定期検査
⇒ 直腸がん手術「3年経過:定期検診」結果
⇒ 前立腺ガン(PSA)検査結果、最高値。
⇒ 前立腺ガン治療。女性ホルモン注射⇒1ヶ月経過。
⇒ リュープリン注射から4ヶ月、PSA数値⇒1.62へ急降下!
⇒ 2015年11月「年に一度の人間ドック」
⇒ 2016年3月、人工肛門、丸4年たちました。
⇒ 2016年4月、初体験の胃カメラ
⇒ 2017年9月、白内障手術、体験報告




救命救急センター「湘南鎌倉総合病院」
365日24時間体制、JCI認定病院。救命救急の患者さん受入れ数日本一。
〜生命だけは平等だ〜「患者さんを断らない」がキャッチフレーズだそうですが
凄い事ですね、知りませんでした。



(この記事へのコメント)

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返信をありがとうございます🍀

  • 投稿者:みみー (2017-08-19 (土) 18:18:57)

私への心配をありがとうございます。
夫はとても明るい性格で、無理なく、葛藤もなく、
永久ストーマを受け入れています。
私自身ストーマを受け入れているのは同じです。
ただ、本人と違うところは、再発への恐怖です。
それは、どれほど考えようと、恐れようと、詮無いこと。
頭では理解し、本人にも言われております。
脳は、考えている事を現実だと錯覚してしまう傾向がある
らしいから、考えるな、自分は大丈夫なのだから。と。

でも、術後3ヶ月経ても、切除したお尻の傷がまだ
1/3閉じきっておらず、しかも、そこに何か出来ている。
それを思うと、Drに、再発とかではないからね?!
と言われても、言いようのない不安が払拭できません。
一時強いお酒で気を紛らすなどしていましたら、なんと
体重が4キロも増えてしまい、これはマズイとやめました。
本人は自然体で平気でいるのに、先を考え過ぎて伴侶の
私がどうにかなってはどうしようもありませんものね。

完全無穴様の仰る、大概の事は時間が解決してくれる。
その言葉を胸に、こうして生かされている今、に感謝
しながらくよくよメソメソせず前向きに生きてみようと
思います。 ありがとうございました🍀

コメント

  • みみさん  傷口、心配ですね。 上の記事に書いたようにボクは16日目に抜糸してますが、 その時すでにお尻の傷は治ってました。 個人差があるので何とも言えませんが、でも3ヶ月は長すぎる。 主治医が言うから問題ない。そう思いたいですが、そうでしょうか? 「3ヶ月も傷口が1/3開いていて問題ないという医師が問題」だとボクは思います」 ご主人と、みみさんの不安はよ〜く分かります。 永久ストーマならもう肛門は使わないのだからサッサと閉じて欲しい。 (ちなみにボクの場合、2週間後にはツルンツルンでした。今も。) この次、外科外来へ行ったら、納得のいく理由と返事をもらってください。 理由が分かったら、またコメント下さい。わけをシリたいです。 それでは、便秘やお腹をコワさないよう食事に気をつけてお過ごし下さい。 -- 完全無穴 2017-08-21 (月) 11:07:04
  • 本日受診して参りました。 何故か改行が出来ずこのまま書き続けさせていただきますが読み辛くて申し訳ありません💦 このところ2週間おきに受診しています。 原因は、創感染している上に(抗生剤は飲んでいるのですが)不良肉芽が出来ているとのことで、やたら治りが遅くなっているとのことでした。このまま変化がないようなら不良肉芽を切ります、とのこと。 でも、このところ薄皮を剥がすようにですが段々と良くなってきているのでもう少し経過を見て行く事にしました。また2週間後に受診です。 秋の気配とともにトントン拍子で改善されるといいのですが…。 今日は受診の際、わたしがいつになくしょんぼりしていたのか、ドクターが、癌はキレイにとれているから大丈夫!と励ましてくれました。 その言葉を信じて、3ヶ月を4回で1年、それを大切に繰り返して、やったー!完治だー!と大騒ぎしたいです。 -- みみー 2017-08-28 (月) 21:46:10
  • みみさん、ひと安心^^ キズ口の回復は遅れていても異常ではないからとお医者さまに言われた、そうで、 先ずは一安心ですね。お天気も来週からは秋らしく過ごしやすくなるとのこと。 涼しくなって早く治るといいですね。天高く・・・です。元気でお過ごし下さい。 -- 完全無穴 2017-08-29 (火) 16:52:54
  • ありがとうございます。 わたしは気持ちが弱いので現実を飛び越えて必要以上に悲観的になってしまうのですが、このループに早く飽きて、天高くママ肥ゆる秋🍡🍣🍻といきたいです(*˘︶˘*).。.:さあ!元気が出てきました!完全無穴のもお元気でお過ごしくださいね🍀 -- みみー 2017-08-30 (水) 10:51:01
  • 完全無穴のもではなくて、 完全無穴様も、です💦大変失礼致しました💦 -- みみー 2017-08-30 (水) 10:54:01
認証コード(5732


無題

  • 投稿者: (2017-09-30 (土) 20:50:13)

コメント


認証コード(3971)

天高くママ肥ゆる秋

  • 投稿者:完全無穴 (2017-08-31 (木) 19:02:13)

天高くママ肥ゆる秋・・・ですか。いいですね^^
パパも、天高くママ恋ゆる秋となれば、更にいいですね。

みんな心の内では悲観的になったり楽観視したり、鬱になったり躁になったりしますよ^^みんなそうです^^。
不安のない人なんて一人もいないはずです。

ボクも9月末から10月にかけて白内障手術をします。
アクリルの目玉になるなんてとても不安です。でも10数分の簡単な手術を行うだけで
天高くウマくゆくと秋の紅葉も世の中も明るく美しく見えるそうです。

ストーマ手術をした同じ病院で一泊入院でやっていただく予定なので
先生に泊まる部屋も5年前と同じ部屋822号室 が良いと言ったらそれは約束しかねると言われました・・・
でも5年前に一晩でも帰れたらちょっとうれしいです。

緑内障で白内障ですが、不安は忘れるようにして良いことだけ考えて楽しむように生きています。
完全無穴は創造関係の仕事をしていますが、みみさんの文章を読ませていただくと
明るく優しいご夫妻を想像します。気分は高揚、素敵でカラフルな秋をおすごしくださいね^^

コメント

  • 完全無穴様、すっかり秋めいてきましたね🍁 皆、心揺れながら日々過ごしている。。。揺れないわけないですよね。 完全無穴様は目の手術を控えておられるとの事。 以前わたしの父が緑内障・白内障の手術をした時、ベッドの関係で小児病練に入院した時、夜になると、心細くなった子どもがぴとーっとくっついて来たり、おじちゃんオシッコ…と、お世話をしたり、と云う経験をしたそうです(*´∇`*) アクリル?ガラス?の瞳、綺麗ですよ、光の加減でキラキラします。 そして文字通り全てがパーッと鮮明に見えるようになり…。完全無穴様の手術も成功し、今年の紅葉はいつにも増して美しい筈です🍄🌾 わたしは今日、夫と新橋で待ち合わせ午後から病院です。 元気に行って参ります🍀 -- みみー 2017-09-11 (月) 09:01:18

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完治 おめでとうございます🎉

  • 投稿者:みみー (2017-08-04 (金) 20:50:26)

私の夫も直腸がんで、昨年5月に手術、ステージ1、断端陰性でしたが、心配で心配で5ヶ月後に別の内視鏡専門クリニックで内視鏡を受けたところ、なんと吻合部に再発…気絶しそうでした。即、別のがん専門病院にセカンドオピニオンに走り、すぐさま放射線治療が始まり、初回の手術から1年経づ直腸切断術、そしてストーマになりました。

幸い夫はストーマにもすぐ慣れ、病気の方も局所的な
ものだとの事で、経過観察の身です。
私の夫も必ず完治する!否、完治したのだ!
そう信じて日々過ごす内、私はうつ病になって
しまいました。
そんな毎日の中、完全無穴様は私の希望の星です。
どれほど勇気を頂いている事か! ありがとうござ
います! 私のように完全無穴様から勇気を頂いて
気持ちを奮い立たせている方がどれほどたくさんおいで
でしょう! 心から感謝しております。

コメント

  • みみ様

投稿ありがとうございます。病気に対する考え方には個人差があり時間差もあります、人工肛門・ストーマも実際に手術された方と、そうでない方では感じ方も異なります。
5年経ちましたがボクの主治医は、君は明るく、くよくよしないしタバコもやめないし、手術前と何も変えない。でもそれが良かったのかな、若い人で悩みを引きずる人がいるが、これが一番良くない。
これからも年に一度、来れば安心です。そう言って来年の予約を入れてくれました。
6年前、人工肛門になると言われた時、これで人生終わったと悩みに悩みましたが・・・今ではストーマも日常生活では普通の事と思え、「不便」ですが不便とは考えていません、考えないようにしています。
ボクのストーマは永久ストーマなので一生、完全無穴のままですが、3年程度でお腹につけたストーマを元に戻し、手術前と同じ生活を送っている知り合いも何人かいます。
みみさんのご主人はいかがでしょうか。もし再建ができて、元の身体に戻れればそれが一番。でも大切なことは現状を受け入れることだと思います。「最悪は避けられた」、と思う事。医学では過去10年の進歩は今後の1年と言われるように進化し続けています。可能性を信じることです。
ところで、心配はみみさんのうつ病。鬱病は心の病。心が壊れると身体が壊れる可能性があります。ストーマを受け入れられない方も大勢見ていますが、みみさんの場合、手術された本人であるご主人が慣れてきた。これが一番です。無いものは無いのです。無い物ねだりはやめて期待と希望を忘れないで生きましょう。
・・・大概のことは時間が解決してくれますよ!(独断と偏見のストーマ先輩より) -- 完全無穴 2017-08-15 (火) 17:31:34


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夫が手術後人工肛門。

  • 投稿者:みさべ (2016-02-15 (月) 06:23:16)

『受け入れて生きる』が私の口癖だったくせに、
一週間前からの現実を受け止められていない自分でした

こちらのサイトを読ませていただき、心が少し軽くなりました。
ありがとうございます。

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  • みさべ様 遅くなりました。コメントを頂いてから1年経ちました。お許しください。いかがですか?慣れましたか?完全無穴の私はもうすぐ5年です。あっという間の5年でした。人工肛門になって5年間、便座に座っていません。間もなく5年目の検診ですが、転移などの異常がなければ完治ということで定期検診も不要と言われています。ご主人共々お元気にお過ごしください。 -- 完全無穴 2017-02-04 (土) 15:24:06

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人工肛門の手術をしてからもうすぐ3年です。

  • 投稿者:完全無穴 (2015-01-02 (金) 21:24:15)

あけましておめでとうございます。

2015年が始まりました。
今年も健康で過ごせればいいなと思っています。
2012年2月に完全無穴になってから、あっという間にもうすぐ3年です。

もちろん人工肛門などない方がいいに決まっていますが
いろんな理由や原因で、これは仕方がありません。
永久ストーマでなかったら、とも思いましたが、今は永久ストーマを受け入れています。

直腸がんだったため、転移が心配でしたが、現在は大丈夫そうです。
五体満足は当然ですが、人生何処でどんな災難に見舞われるか、誰にも予測できません。

今年、2015年。皆さまと共に無事、新年を迎えることができました。3年間感謝です。
ストーマの皆さま、今年が無事なら、来年の無事も高い確率で保証されます。
来年、再来年のための今年、障害を傷害と認め、生涯元気でがんばりましょう。

                       2015年 元旦 完全無穴

コメント


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書き込み、ありがとうございます。

  • 投稿者:管理人(完全無穴) (2014-10-06 (月) 14:11:37)

yomo様 コメント有り難うございました。閲覧が遅くなり失礼しました。こちらで同病の何名かとストーマの情報交換もしています。よろしかったら一度アクセスして見て下さい。
⇒ http://stoma.biz

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似てます

  • 投稿者:yomo (2014-07-08 (火) 06:07:03)

自分は特別!みたいな思いがありましたが、15年くらい前からのお話し、そして入院、手術、その他ほとんど同じ思い、同じ体験のようです。

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